医療法人社団悠翔会 「今日も呼んだら先生が過労で死んじゃう」患者にそう思わせては絶対にいけない。
【医療機関名】医療法人社団悠翔会
【所在地】〒105-0004 東京都港区新橋5丁目14−10
【代表者】理事長・診療部長 佐々木淳
【ホームページ】http://www.yushoukai.jp/
日本の在宅医療をリードする業界最大手の医療法人社団悠翔会。
2006年、当時まだ一般的で無かった在宅医療のさきがけとして千代田区に開業。地域からの信頼を着実に積み重ね、2021年時点では日本全国に18拠点、総患者数は6600名を超える規模に成長している。
在宅医療に特化したクラウド型電子カルテ「homis」開発、多職種協働を支える学びのプラットフォーム「在宅医療カレッジ」運営、海外展開等、MS法人との連携により医療法人の枠を超えた多岐にわたる事業を展開している。
理事長・診療部長 佐々木淳
1973年、京都府京都市生まれ。1998年に筑波大学医学専門学群卒業後、三井記念病院・消化器内科、東京大学医学部附属病院消化器内科等を経て、2006年に在宅療養支援診療所「MRCビルクリニック」を開設。理事長に就任する。2008年に医療法人社団悠翔会として法人化した。
現在は幅広い活躍に加え、業界のオピニオンリーダーとしてその発信は業界内外からも注目を集めている。
今回は夜間休日対応のあり方や当社との連携の実情、在宅医療業界が今後歩むべき道についてのインタビューを行ったので紹介したい。

インタビュー
当直連携基盤・代表取締役 中尾(以下、中尾) :
佐々木先生は悠翔会を立ち上げられてから、一人で24時間365日のオンコールを持たれていました。そこから常勤医の輪番制、そして当直医師体制へと変更されてきています。それぞれの段階での課題や変遷の経緯を教えてください。
悠翔会・佐々木理事長(以下、佐々木):
在宅クリニックは地域からの紹介で成り立っているので、地域の人たちに安心感をもってもらわないと最悪立ち行かなくなってしまいます。中でも夜間休日対応の質は評判を大きく左右する大きな要因です。そのため開業から6年間は私一人で夜間休日のオンコール対応をしていました。
転機は居宅患者さんが800名ほどの規模になった頃ですね。
当時は夜間に3~4件、少ない日でも電話がかかって来ない日は無いといった具合だったのですが、昼も目一杯働いて、夜も往診して、翌日働いてとやっているうちに、だんだんと過労死の危険を肌で感じるようになり、このままではいけないと考えるようになりました。
そんな時に常勤医の先生が「オンコール半分持ちますよ」と言ってくれて、在宅の経験もある先生だったの安心して任せられると思い、それを機に他の常勤医の先生も含めたオンコール当番制が始まりました。
そうすると何が起こるかというと、医師同士のコンフリクトです。
往診対応基準1つとっても医師によって異なるんですね。
例えば、98歳のおばあさんが38度の熱が出たら、僕だったら「肺炎かもしれない、今晩中に治療を開始しないと亡くなってしまうかもしれない」と思うので往診に行くんです。でも医師によっては「まずは解熱剤を飲んで、明日の主治医の診察まで待って下さい」という対応もあり得るんですね。もちろん、結果としておばあさんは亡くなっていないんですが、僕としてはその対応には何かがひっかかるわけです。
夜中におばあさんが電話をかけてきたのはきっと不安だったらからで、結果としては同じ指示でも、やはりその時の不安というのは往診することで解消できることも多い。
ただ、医師もそれぞれがプロとしての誇りを持って仕事をしているので、全部が全部同じ判断になるわけではないというのは当然で、それに対してどうして往診してくれなかったの?というやりとりが続くと、なるべくオープンな空気で話をしていてもどうしても嫌な感じが出てきてしまうんですね。毎日顔を合わせて仕事をする常勤医同士では、なおさら言いにくさも生まれてしまうわけです。
そんなもやもやした中で、非常勤の先生に頼んでみる機会があったんです。
その先生が優秀で総合診療をしっかりやってくれる先生だったということもあり、実際の対応も安心できるものでした。その時の発見が、1つは非常勤の先生にもちゃんと仕事を任せられるというのと、もう1つは非常勤だからこそ当院の対応方針にしっかり従ってくれるという点でした。
医学的判断はもとより、患者さんの不安に寄り添った往診提案もするという方針にしたところ、患者さんからの評判もすごく良くなりました。
実際に、我々は診療満足度調査を毎年やっていて、緊急対応に対する評価は僕がやっていた時代が1番良かったかと言うと実はそうではなく、当直医師の評価が1番高くて、2番目が僕1人でやっていた時、3番目が常勤医輪番制の時でした。当直の先生でもちゃんとした先生に入ってもらって、ちゃんと品質管理ができれば患者満足度を毀損しないということがデータからも明らかになりました。また例えば仮に当直の先生に看取って頂いたとしても、主治医が後日行ってお線香をあげさせて頂いたら、主治医と患者家族との繋がりを確認出来る機会もつくれるし、主治医としての責任も最後まで果たせるような気もします。

加えて、当直医師体制にしたことの良い波及効果が、「他の医師に見られても恥ずかしくない診療・カルテにする」という意識が主治医に働く点です。
以前、鼻血が止まらないとおばあちゃんから電話があって、その時に対応した当直医師から採血をそろそろした方が良いのでは無いかと提案があったんですね。
その方には抗凝固薬を処方していたのですが、状態が安定しているから採血チェックを先延ばしにしていたのですが、採血をしたところたしかに薬が効きすぎていたという事がありました。
多くの開業医は一人で診療しているので、診療内容やカルテを他の医師に見られたり評価されたりするという機会はほぼありませんが、チームで診る、夜間休日にほかの医師に対応してもらう、となると良い意味で自身の診療に緊張感が生まれます。
つまり、夜間は楽をしようという意識ではなく、夜間の先生の手を煩わせないようにしようという意識が自分一人の時より強くなります。
あとは予測できない事が起きるのが急変で、逆に言えば多くのことは予測できるので、そこには予めしっかり手を打っておく必要があります。例えば、レスキューオーダーを出しておく、ACPをしっかりやっておく、起きうる状態変化とその時の対応方法を患者・家族に説明しておく、などです。
主治医としての責任は休日夜間何かあったら確実に対応するのはもちろんですが、それ以前に休日夜間に患者を不安に陥れないという事が主治医の機能としてはすごく重要です。昼と夜をわけたことで、主治医は主治医としての機能をきっちり果たす、それでもこぼれ落ちた患者さんの不安や急変には当直医師がしっかり寄り添う、ということが出来るようになるわけです。
はたからみたときは主治医の先生とは別の先生が夜間対応する事に不安を感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、総合的にみたときにはこれが患者満足度の一番高いスタイルであると、我々はエビデンスを持って言えます。
また、まれに当直の先生がトラブルに巻き込まれることがありますが、それは当直医師の責任ではないことがほとんどで、もともと主治医と患者の信頼関係が築けておらずそれが当直医師対応の際に爆発するというのが実際のところだと思います。
そこはしっかり主治医としての役割を全うしていかなければいけないと思います。

中尾:
現在、悠翔会の千葉エリアを弊社でサポートさせて頂いております。当直体制で外部と連携をとるというのは悠翔会としてははじめての試みだったと思いますが、今までの自法人完結の当直体制と比べて違いなど感じられましたか?
佐々木:
千葉エリアの当直医師は採用・教育の面では当直連携基盤社に一任しているので、カルテを通じて感じる部分での話になりますが、まず当直医師のカルテ記載が非常に充実していると思います。また患者ごとの優先順位に従った対応をしてくれているなとも思います。これは我々だけの意見でなく、実際に診察をうけた患者さんたちからも当直医師の対応について良かったと言って頂けており、日勤帯との違和感がないスムーズな当直対応をしてくれていると感じています。
加えて安心材料は2点ありまして、1つは当直医師がカルテ情報をしっかり見て、それに基づいたアセスメントを行ってくれている点です。最近、都心を中心に夜間往診サービスが増えてきていますが、彼らは基本的にカルテ情報の共有が無い中で、呼ばれて行ってその場の状況で判断しながら対応するというのが前提になっています。救急医療の現場ではそれで良いですが、在宅医療ではそれまでのストーリーを踏まえた繋がりのある医療が求められるので、カルテ共有というのは絶対条件だと思います。
2つ目は往診同行アシスタントの報告記載が充実している点です。医師とは違う目線で、診察の状況や処置内容、使用物品、診察の同席者などを事細かに記載されています。
我々の当直チームでは同じチームの中で仕事をしているので必要最低限の記載しかしなくても特に問題なく回っていくのですが、やはり当直帯と日勤帯の直接的な関わりが薄い状況では、同行アシスタントの記載内容は重要になってくるので、そこがきっちりしているというのは安心できます。
総合して当直対応の品質に関しては違和感がありません。
また自法人内のみで夜間休日体制を構築するというのは品質管理のみならず、コスト管理も必要になってきます。医師・アシスタントの人件費や往診車、保険などのコストまで考えると、悠翔会としては立ち上がったばかりの千葉エリアに新たに夜間休日体制を構築するというのは、コスト的にも大きな負担になってしまいます。その点、当直連携基盤ではコストメリットを充分感じられる金額感で支援してくれるので、現実的な選択肢としてあり得るわけです。

中尾:
コロナ自宅療養者対応を経て、佐々木先生は「在宅入院」の考え方を日本の在宅医療に取り入れるべきではないかと提案されています。「在宅入院」の視点から夜間休日対応チームに求める役割や機能があれば教えて頂けますでしょうか。
佐々木:
仮に、在宅入院となった場合、入院患者が自宅にいるわけです。昼は主治医が回診に行き、病棟ナースのように訪問看護師さんたちが動く、加えて夜は病棟当直医が必要でそこを担って頂くのが当直医師になってくると思います。
その際に、基盤になるのはカルテ情報の共有です。
たとえば肺炎を在宅で治療していく、というときであっても今はいざという時は家で看取る覚悟が出来ている方もが多いですが、在宅入院となったらしっかり家で命を助けて欲しいという依頼も増えてくると思います。その時に、今まで以上に日勤帯と夜勤帯のカルテ情報の連携が重要になってくるのは言うまでもありません。
イギリス・フランスにも見学に行きましたが、基本的にすぐには入院をさせないんですね。
救急外来にいきたいと電話をした患者の家に、看護師やPTがまず訪問に行き、状態を把握して、自宅で検査して、点滴して、治療して、多くのケースで、病院に来る前に自宅で治してしまいます。重症の呼吸器不全なら病院に来て良いが、肺炎程度であれば病院には来るなという様子です。それで、肺炎の治療を自宅で行ったら死亡率が高いのかというとそんな事もなくて、かつ社会的コストも安くすむということも、似たような在宅入院制度を行っているオーストラリアからもどんどんデータがあがってきています。
また、在宅入院となれば、バイタルサインを継続的にモニタリングする事も必要になってくるのではと思います。体温・血圧・呼吸数・体動あたりであれば比較的簡単に測る方法もあるので、当法人もいま検討に入っています。24時間モニタリングして、閾値を超えた患者に対してはこちらからも状態確認をして、必要であれば往診にいくという形も今後は必要になってくるのではないかと思います。
中尾:
小規模の在宅クリニックでは人員体制から在宅入院患者の管理までは手が回らないかもしれません。今後は在宅クリニックの規模に応じた機能分化が進んでいくと思われますか?

佐々木:
機能分化は今後していくと思います。
まず前提として、慢性期の安定している方にも月2回の定期訪問が必要なのかという議論が今後出てくると思います。この方たちに必要なのは医療よりも看護やケアで、医師は3ヶ月に1回の訪問や緊急時の対応といった体制の方がより適切な社会資源の分配に繋がると思います。
その上で、機能分化の進み方として、安定していて医学管理コストが低い患者を多数受け持つクリニックと、管理コストが高い在宅入院患者や重症患者をチーム体制で受け持つクリニックという形が考えられます。
どちらにも共通して言えるのは緊急対応の重要性です。
例えば前者のケースで言えば、状態安定の患者を月2回の訪問から月1回に切り替えたら、2倍の患者さんを受け持つ必要が出てきます。さらにこれが隔月+オンライン診療という形になると4倍になります。主治医1名で患者100名を受け持っていたところを400名まで受け持つ必要が出てくるわけです。
訪問診療にかかる時間やコストは大きくは変わらないかもしれないけれど、緊急対応を求められる頻度は4倍になる。管理料は安くなるけど緊急対応を求められる回数は4倍になる、となると主治医の負担が非常に増えますね。
そう考えると定期訪問を行う医師と緊急対応を行う医師とを分けて体制を組めると、品質やモチベーションを維持するのに役に立ってくると思います。
現在、私達は安定している患者さんは訪問回数を月1回にして、受け入れ可能な患者数を増やしていっています。そうなると書類仕事や緊急で呼ばれる頻度は増えます。その分、書類を効率的に作成できる仕組みにしたり、定期訪問中の医師が緊急対応を行わなくても良いような体制を組んだりしています。患者数が増えた分、生産性を高めて業務負荷は増えないようにするというのが今後は大切になってきます。
中尾:
最後の質問です。佐々木先生は他の医師には任せられないと6年間お一人でオンコールを持たれたあとに、当直の先生に任せてみたら意外と良かったというお話がありました。在宅医の先生方には同じ様に、責任感の強さ故に他の医師にオンコールを任せられないという悩みをお持ちの方が多くいらっしゃいます。
佐々木先生ご自身の経験から、そのような先生方へメッセージを頂けますでしょうか。
佐々木:
24時間、自分が診てあげたいという医師側の気持ちってあるんですよね。
患者さんも24時間主治医に診てもらえると安心というのもよく分かります。
ただ本当に24時間いつでも主治医が対応しないと患者満足度が毀損されるかというとそんなことはありません。
僕が今でも強く記憶に残っている患者さんがいます。
30歳女性のがん患者さんだったのですが、全身に転移していて、腹水も溜まっていて、痛みのコントロールにも難渋するような状態で、それでも自宅にいたいということで訪問していました。ある時、夜中に痛みが強く出てきて大変だとなった時に、「佐々木先生には昨日も一昨日も来てもらっているから今日はさすがに呼べない」、ということで朝の8時半まで待ってクリニックに電話してきた事があったんですね。それでいつから辛かったんですか、と聞いたら深夜2時からとおっしゃるんですね。なぜ電話をしてくれなかったのかを聞いたら、「今夜も電話したら佐々木先生が過労死しちゃうから朝まで待ちました」と。
これは一見、患者と医師の美しいドラマのように聞こえますが、患者にこんな風に思わせては絶対にいけないと思います。
24時間頑張っているぞ、というのは医師側の自己満足であることも往々にしてあります。
患者が本当に必要としているのは辛い時は夜間でも気兼ねなく相談できる窓口があること、そして夜間に相談しなくてもすむ状態にしておいてくれること、だと思います。
夜も緊急対応で疲弊して、昼もそのまま働いて、という状態で医学管理の質が低下するくらいなら、夜間対応と日中対応はきっぱり切り分けて、昼間の仕事に集中して、自分の生活も充実させた方が、結果的に患者さんの事をもっと多角的に思いやれる心の余裕も出てきます。
私も最初、24時間頑張っている時は、自己陶酔症候群のようなものがあり、その自己肯定感が次の日も頑張るモチベーションに繋がっていました。ただ客観視したときにそれが患者にとってベストだったかというとそんなことは無かったと思うんです。
患者さんの真のニーズはどこにあるのだろうと、一度立ち止まって考えてみてみるのも良いかもしれません。
中尾:
大変貴重なお話、ありがとうございました。